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ミチルの気分屋

ミチル企画もよろしくお願いします!

風の季節

 久しぶりに過去作品が出てきました。原稿用紙換算で約39枚です。めっためたの恋愛小説でした。温かい目でご覧いただけたら幸いです; 


「表題:風の季節 作:ロ・ムフカ・パロ・ウル・ミチル」


 桜舞う風の中を期待に胸を膨らませて一人で歩いていました。初恋は実らない。そんな言葉があります。
 では初恋にはどんな意味があるのでしょう。そんな事を考えるなんて思ってもみませんでした。

 こんにちは、私は鴨江翔子(かもえしょうこ)といいます。
 暗く、泣き明かした受験も終わり、温かな新生活を迎えるところです。今年からめでたく大学生です。
 大学の名前は風葉医療科学大学(かざはいりょうかがくだいがく)で、私は臨床検査技師になるための学科に入学しました。
 臨床検査技師とは、一言でいえば病院で検査を専門に行う人達のことです。それも医師の指示のもとで。私はホッとしました。
 だって、どんなへたくそでもプロの指示があれば、誰でもできますよね。
 しかも友達には、私は病院で働いていますなんて言う事ができます。
 むふふ。

 しかし、そんな私の淡い期待を吹き消すかのように数々の試練が待っていました。


 立て替えたばかりのきれいな病院を遠目に見て、丁寧な手入れのされている木々の間をぬって、私はボロ校舎まで足を運びました。
 新入生初日。
 私は階段をひいひい言いながら上りました。


 二人席の机が並ぶ、なんのへんてつもない教室に辿り着きました。
 クラスの人数はおよそ九十人です。みんな、合格した喜びからわいわいがやがや。私も早速となりの女の子に話しかけてみます。
「こんにちは。私は鴨江翔子といいます。どこの出身ですか?」
 努めて明るい声で話しかけました。
 女の子の視線は読んでいた本から私に移りました。
「あっこんにちは。出身って高校聞いとるん? それとも地域?」
 女の子は鈴が鳴るようなコロコロとした声でした。
 銀色の小さなアクセサリーの似合う、目のぱっちりとした顔立ちのよい子です。
「せっかくなので、両方教えてくれますか?ちなみに私は東京都の春日学園高等学校出身です」
 私が言うと、女の子は瞳を輝かせました。そして身を乗り出してぺらぺらしゃべります。
「知ってる! 高校で有名やった。あっ名乗り忘れてた。うちは蟹枝真希(かにえだまき)。山口県の愼田(さなだ)高等学校出身っちゃ。優秀な人が集まるって高校でいつも噂されてたんよ。学業やスポーツ共に成績が高いと」
「そっそれはごく一部の人です」
「それだけじゃないっちゃ。人がいい優しい人も多いと聞くんよ。素晴らしいことやんけ!」
「あっありがとう。愼田高校はどんなとこだったの?」
 あっタメ口になりました。でも、真希だってタメ口だからいいと思います。
 真希は腕を組んでうなりました。
 そして口を開きます。
「一言でいえばいろんな人が集まるところっちゃ。お母さんが病気で全国的に有名になった人がいたり、お酒を飲んでいる人がいたり」
「お酒!? 高校で!?」
「不思議やろ。極めつけは特待生制度! これがすごいんよ。内容は秘密♪」
「えーっ教えてよ!」
「ダメ。知りたければ愼田高校まで遊びにくるっちゃ」
「山口県まで!? ここ愛知だよ!」
「うちはそこから来たんよ?」
 そう言って、二人で笑いあいました。

 よかった。ちょっと変わっているけれど、気のよさそうな人が隣の席です。

 そんな教室に、白衣の集団が入ってきました。
「静かにしなさい」
 音のない稲妻のごとく、低い女性の声が教室にいきわたります。せっかく仲良く話していたのに、そんな雰囲気も打ち砕くような底知れない声でした。私は黙って女性を見ました。
 年の頃は五十代前半、短髪で細身の女性です。
「席に座りなさい」
 再び女性が口を開きました。
 みんな、黙って従いました。
 女性は話を続けます。
「私は風葉医療科学大学・検査学科の学科長である水無瀬美津弥(みなせみつや)と申します。みなさんは難関な受験を乗り越え、見事合格の栄冠を勝ち取った人達です。いわば、この大学に選ばれた人達です。しかし、そんなあなた達には早速酷な話になるかもしれません」
 私は大粒の唾を飲みました。
 冷や汗が出てきます。
 水無瀬先生は、ゆっくりと口を開きます。
「ここには臨床検査技師をよくわかっている人とそうでない人といます。まずは、臨床検査技師についてお話いたします。人の命を預かる重要な仕事です。よって勉強は厳しく指導します。医師よりも勉強することになるでしょう。遊んで暮らそうとした方は残念でした。早々に別の大学に入りなおす事をお勧めします」
 私は口元が小刻みに震えました。
 その後、臨床検査は多岐に渡るなどいろんな話がありましたが、頭に入りませんでした。

 あの、医師よりも勉強するとはどういうことですか?
 それに大学に入りたての時に違う大学に行け、なんて言われますか? ふつー。


「大丈夫?」
 水無瀬先生やその他の先生が話を終えた後で真希が心配してくれました。
 私は頷いてお礼を言いました。
 それでも真希は不安げな面持ちで口を開きます。
「無理したらあかんよ。体調が悪ければ休まなぁ」
「大丈夫! ちょっと水無瀬先生の話で緊張しただけだから」
「水無瀬先生の話で緊張したん? あの人は、ごく当然のことを言ってただけやん。医療に携わる人間の中に、命を預からない仕事はないんよ」
「そうだね。当たり前だよね!」
 言って私は、あはっあははと不自然に笑いました。

 緊張しない!? そんなことがありうるのですか!?

 笑い声の裏で私の心はどんぞこに落ちていきました。真希は私とは違う次元の人なのかもしれません。いい子なんだけど……。
「さて、僕の話は聞いていたかな?」
 突然めがねをかけた白衣を着た男が話しかけてきました。
「どなたですか?」
「やだなぁ。さっき名乗ったじゃん! さあ当ててみて」
 言われて私は真希に尋ねました。真希は首を横に振りました。
「この人、名乗ってない」
「正解! どうやら君は僕の話を聞いていたみたいだね。さて、では改めて自己紹介。僕は冬山栄(ふゆやまさかえ)といいます。検査学科のAクラスの担任だよ。生化学専攻でマラソンが趣味。この中に僕と同じ趣味の人は?」 
 クラス全員無反応です。
 冬山先生は、あちゃぁと言ってうなりました。私にはわけがわかりません。この人のテンションはついていけません。でも冬山先生はなんだか頷きながら声を発します。
「まあ生化学を知らないのは無理ないかもね。生物の化学、といえばいいかな? まっおいおいわかることだから今はいいや。さて、早速だけどクラスの代表を決めよっか。立候補は? とは言ってもいるわけないか」
 言って冬山先生は紙に縦線を二十数本引きました。そして、線と線の間に好きな横線を引いてと言って紙を回していきます。もしやあみだくじでクラスの代表を決めると? 私は唖然としながらも線を引きました。私は祈りました。
 クラスの代表にはなりたくありません。それこそ遊べなくなります。
 私は震える手で縦線のひとつの上に名前を書きました。
「みんな、名前書いたね! それじゃあ運命の瞬間! ちゃーちゃーちゃらららら」
 空気読めない男、冬山先生は、鼻歌まじりに線を辿ります。
 みんなで冬山先生の手元を凝視します。
 俺当たった、と言いながら溜め息をつく男の子もいました。
「じゃっじゃーん! クラス委員決定! 鮎川(あゆかわ)さん、金本(かなもと)さん、よろしくね。それではみんなで拍手―!」
 なんとなくみんなで拍手。
 クラス委員にならなくてよかったです。
 私は真希と手を取り合って喜びました。

 宿所届けやクラブ紹介などの書類や重い重い教材をもらったりしているうちに、昼休みがきました。
 温かな日のあたるベンチに腰掛け、束の間の休息をとります。木々の間の木漏れ日が心地よいです。鯉が泳ぐ池は静かにきらめきます。
 はずむ会話。
 手作りのお弁当を真希に褒められながら食べる幸福。
「んーおいしい!」
 真希はサラダをほおばりながら、ご機嫌です。
 私はクスクス笑いながら見てました。
「何かおかしい?」
 言いながら真希がキョトン顔をするので、ますます笑ってしまいました。
「なんでもないの。ただ、真希ったら幸せそうでちょっとうらやましくなって」
 私は手をぱたぱた振りながらやっとのことで答えました。
 正直に言いますと、笑いすぎておなか痛いです。
「翔子さんの方が幸せそうっちゃ! 元気そうでなにより!」
 言って真希も笑い出しました。
 穏やかな光は元気な新入生たちを映し出し、温かな風が私達を包みます。
 桜の花びらが舞い、私達を見守ります。
 私は希望にあふれた空気をめいっぱい吸い込みました。

 ふと、男の子が歩いてきました。
 きれいな茶髪に、ちりばめられたアクセサリー。
 おしゃれな洋服を着くずしながらも、まったく違和感なくまとめあげています。
 しっかりとしながらも落ち着いた物腰。
 凛としながらも穏やかな表情で、私達に視線を送ります。そして、輝かんばかりの笑顔をみせました。
 私の心臓の鼓動が、バクバクと波打ちます。

 こんなところに、なんで貴公子がいるのでしょうか?

「楽しそうだね、蟹ちゃん。なんで医学科に入ってくれなかったの?」
 男の子は甘い声を発しました。
 私の頭の中はくらくらです。
 でも真希は、わなわな震えています。
「峰(みね)ったらあいかわらずやな。うちが地元の国公立の医学部落ちたの知っていて! なんで峰は地元の大学にしなかったん!?」
 珍しく、真希の口調が荒々しいです。
 峰、と呼ばれた男の子はアハハと笑いました。
「蟹ちゃんもあいかわらずだね。怒ってもかわいいよ。それで? 吉田(よしだ)とはこのごろどう?」
「やかましいっちゃ!」
「ふられたんでしょ? 高校のサッカー部じゃ有名だよ」
「言わなくていいやん!」
「あっあの……。あなたはどなたですか? 真希のことを知ってるようですが」
 私はほけーとしながら口を開きました。
 どうしよう。
 顔が真っ赤だったらいっそ死にたいです。
 でも幸い、峰という人は一瞬目を丸くしただけで笑顔のままです。
「これは失礼したね。僕は星峰雄治(ほしみねゆうじ)。高校は蟹ちゃんと同じ愼田高等学校。医学科だからあまり会うことはないかもしれないけど、同じ大学にいるからよろしくね!」
「こここちらこそよろしくお願いします!」
 私は言って何度もお辞儀をしました。
 どどどうしましょう。
 口元がうまく動きません。
 舌をかみそうです。
 でも星峰さんは、そんな私ににっこりと微笑みかけました。
「タメなんだから敬語はいらないよ。ところで君はなんて名前なの?」
「はっはい! 私は鴨江翔子といいます。東京都の春日学園高等学校出身です!」
「へーったいしたもんだ。これから鴨ちゃんと呼んでいい? 僕のことは気軽に峰とよんでよ」
「もっもちろんです!」
「峰ったらあいかわらずネーミングセンスないっちゃ!」
 真希がほっぺを膨らませて苦情を呈しました。星峰さんは腹を抱えて大笑いしています。
「あはは、蟹ちゃんは手厳しいね。おっと約束があるから、これで失礼するよ。それじゃあまたね、鴨ちゃん」
 言って貴公子は手を振りながら去っていきました。
 桜の花びらがふんわりと風に舞い、味気のない地面を淡く染め上げます。空からまんべんなく降り注ぐ光は星峰さんを照らし、私の心を一直線に導きます。
 もう後戻りはできません。私はあの光に吸い込まれてしまうでしょう。
 一方で真希は星峰さんを睨んでいます。
「翔子さん、峰には気をつけて。あいつはプレイボーイやからな」
「もてるんだ」
「何人も女の子が騙されているんよ」
「おちゃめなんだ」
「テスト前なんか、うちのノート盗んで自分だけ高得点とるんよ!」
「勉強家なんだ」
「翔子さん、さっきから返答がおかしいっちゃ!翔子さん!?」
 真希がなんか言ってますが、頭に入りません。


 午後のガイダンスは少し遅刻しました。禁煙の話や悩み相談室の宣伝、クラブ紹介などでだいぶ時間がすぎました。 ガイダンスが終わると私はいち早く外に出て深呼吸をしました。
 赤い太陽が辺りを照らします。
 雲が鮮やかで透明な真紅に染まり、神秘的な空間を作り出します。
 きれいな夕暮れです。
「ねえ翔子さんバドミントン部いいと思わん?」
 歩き出した私に真希が話しかけてきますが、私は首を横にふりました。はっきりいうと興味がありません。
 でも、真希は諦めません。
「さっきクラブ紹介で言ってたけど、岾駆地大学(やまくちだいがく)と交流するんよ。うちが行きたかった大学なんよ。ね、翔子さんも見てみん?」
「それなら見学したいのも分かるかも」
「ほんまっ!?」
「でも私はサッカー部の方がいいなぁ」
「じゃあ両方行くっちゃ!いつ行くかメールするから待ってて。じゃあね!」
 真希はご機嫌です。
 走って帰っていきます。
 私はそんな真希を見送りながら清清しい気分でした。

 やっぱり真希は笑っているのが一番かわいい!

「鴨ちゃん?」
 突然後ろから星峰さんの声がしました。私の心臓は飛び出そうになり、全身に血液が送られるのを感じます。口元がぱくぱくと意味なく動きます。そんな自分を必死で抑えようとする私がいます。
 ここで逃げるのは女の恥です。私は勇気をもって声のする方へ振り返りました。ああ神様、今度こそどもらないようにお導きください。
「こんにちは、峰さん。」
 出だしは好調です!
 峰さんもこんにちはと笑顔で返事をしてくれます。
「クラブは何にする?」
 峰さんから尋ねてくれました!
 私は少し間をおいて返事をします。
「まだ決めていません。とりあえずサッカー部とバドミントン部を見学するつもりですが。」
「バドミントン部? サッカー部にしなよ!」
 峰さんは眉をひそませながら言いました。私は首を傾げました。峰さんが珍しく、不快そうな表情をしています。
「何故ですか?」
「サッカーの方が絶対楽しいから。僕はサッカー部に入るよ。よかったらいっしょにどう?」
「え? いいんですか?」
「もちろんさ! 部活は学科を超えていっしょに活動できるんだ。考えてくれる?」
「はい!」
 途中まで峰さんと帰りました。私は心がはずんで、幸せで。別れた後もドキドキしていました。鼻歌まじりに半ばスキップしながら家路を辿ります。穏やかな風が私の頬をなでています。
 ふと、携帯電話が鳴りました。
「はいもしもし。」
「大変や翔子さん! バドミントン部が交流試合を早めおったって!」
 真希からでした。
 私は歩きながら適当な相づちを打ちました。
 どうやらバドミントン部の岾駆地大学との交流は、なんと三週間後になったそうです。今年は新入生が異例に集まり、早々と交流戦をしたいと岾駆地大学が言ったそうです。風葉医療科学大学のバドミントン部も承諾したという話です。
「そいでな、そいでな、あっちには吉田君がいるらしいんや!」
「吉田?」
 いろんなところで聞く名前です。
 でも真希ったらあくせくしています。
「愼田高校出身の吉田(よしだ)明良(あきら)君や! バドミントンの全国大会でいくつもの優勝経験があって、インターハイでは三連覇、三冠の経験があるんや! それが今年の岾駆地大学でバドミントン部に入部したんよ」
「さっ三連覇に三冠!?」
 そんな強豪がいるなんて聞いていません!震える手で、私は携帯電話を落とさないように必死になってこらえました。インターハイはよく分かりませんが、なんとなくすごいと思います。全国大会で対戦相手がたいしたことないとは思えませんし。
 確かに一度は見に行く価値はあるかもしれません。
「三週間後、覚えておくね。真希、教えてくれてありがとう」
「友達やん! いっしょに行こう♪」
「うん!」
 頷いて私は電話を切りました。
 星峰さんには悪いけど、やっぱりバドミントン部も見に行くことにします。

 黄昏の道をゆっくりと歩いていきます。
 下校途中の生徒や、畑仕事から帰るおじさん……。みんな安心した顔立ちです。
 遠くの山へ黒い鳥の集団が飛んでいきます。
 私は大きなあくびをして、下宿に帰りました。


「星峰さん・・・。」
 玄関で私は呟きました。
 高校にも、男はいました。でもみんな自分が一番主義で、女の子とは別世界の人達でした。
 馬鹿な人は付き合えないくらい馬鹿だったし、いわゆる優れた人物は私の届く存在ではありませんでした。
 しかし、星峰さんはどうでしょう。
 気取らない性格に、気さくな笑み。しかも医学部医学科に合格するという実力の持ち主です。
 それが、今日は私に話しかけてくれました。
 狭い廊下を少し歩いて洗面所へ。やっぱり顔は真っ赤です。私は猛ダッシュでベッドへ飛び込みました。もう恥ずかしくて、泣きそうです。こんな顔、誰にもみられたくありません。とにかく私はさっさと寝てしまいました。

 日が昇りました。
 小鳥の鳴き声が幾重にもかさなり、窓の外では畑仕事が始まっています。
 私は目をこすりながら、今日の授業を確認しました。
 冬山先生担当の生化学という科目に、水無瀬先生担当の医療倫理学という科目があります。
 私はこの先生たちのことが嫌いではないのですが苦手です。あとの先生は知りません。でも得意な生物があるのでまだよかったです♪
 昼休みになったら星峰さんと会えたらいいな。
 私は、心をはずませながら登校しました。

「おはよー真希」
「おはよ~翔子さん、昨日アッキーから電話があったんよ!」
 授業前の教室にて。
 私は首を傾げて尋ねます。
「アッキー?」
「高校の同級生の明良君から電話があったんよ!」
「例の三連覇の人?」
「そうや! んで三週間後にそっち行くからよろしくって」
「ふーん、仲いいの?」
「もちろん! 愼田ではうちが一番アッキーと話してたんよ。でも……」
 真希は胸を張ったかと思うと、急にしゅんと肩を落としました。
 私は真希の顔をのぞきみました。
 なんか、辛そうです。
「どうしたの?」
「卒業する時にうちから告白したら、ふられたんよ。他に好きな人がいるって。バレンタインデーの返事があったのも、誕生日にプレゼントをくれたのも、うちがプレゼントを渡したから、お返しをするのは当たり前やと思っていたからって……。アッキーは別の女の子にもお礼くらいはしてるっちゃ。うちがうぬぼれてたんよ。でも……」
「でも?」
「アッキーは根が優しすぎるっちゃ。誰のことが一番好きなのかわからなかった。ケンカに強い人やいじめっこからは恐れられてたけど、体の弱い子やいじめられっ子からは慕われてた。アッキーはみんなに優しくて、うちは本当の友達でいられるか不安だったんよ」
「そうなんだ。吉田さんだっけ。その人とは今も連絡とりあってるの?」
真希は小さく頷いて、溜め息を吐きました。
私は思わず腕組みをしました。

 もしかしたら、真希は騙されているかもしれません。でも、真希は果たしてそう受けとるでしょうか?

 返答に困る私に対して、真希は笑顔を見せました。
「ありがとう、翔子さん。話したことで少しすっきりしたんよ。アッキーとは普通の友達。それでいいっちゃ」
 私はできるだけ明るい笑顔をつくって頷きました。

 そんな恋もあるのですね。

 私の星峰さんへの想いは、どこに辿り着くのでしょうか。

 授業には身が入らず、サッカー部の見学に行く決心もつかないまま三週間がすぎました。
 風葉医療科学大学と岾駆地大学の交流戦の日です。
 学校がお休みであるのに、体育館の周りには人だかりができています。
「何? この列。」
 私は正直に言いますと行列や人ごみといったものは苦手です。しかし真希はスキップすらしてしまいそうなほど笑顔がほころんでいます。他の人もなんだか女の子を中心にニッコニコです。
「はーい押さないでー」
 冬山先生が大声で叫んで歩いていました。まさか案内人ですか!?
「冬山先生、何をしているのですか?」
 私が尋ねると冬山先生は含み笑いを始めました。
「少し暇ができたからマラソンをしていたんだ。そしたらこの人だかりだ。少し興味あるでしょ。」
「はぁ……。」
「案内人をするのは違和感なく横入りをするため。完璧な策略だというわけ」
「……そうですか。先生は体育館で何があるかご存知ですか?」
 私が尋ねると冬山先生は胸を張りました。
「そんなの知ったら面白くないでしょ!」
「分かりました。」
 冬山先生は案内人のふりをしながら大声をだします。あいかわらずのテンションです。
 行列といっても、入り口が見えなくなるほどではないので横入りはみんなにばれると思うのですが。まぁそこは先生の趣味なので止めません。
 気付けば後ろにも人だかりができていました。

 何が起こっているのでしょうか。

 カーテンがかかった体育館の窓の傍で黄色い歓声をあげている女の子もいます。
わけが分かりません。
「ねえ真希、来るの早かったんじゃない? 体育館の中に入れてもらえないし」
「そんなことないっちゃ! だって行列ができとるやん。ほらもう人が体育館に入り始めたし」
 確かにそうですが、随分ゆっくりしています。それでもみんなの笑顔は絶えません。なにをそんなに期待しているのでしょうか。私達が入ったのは最初の人達が入り始めてから五分後です。
「見学は二階からでいいかな? コートがある一階はいっぱいになっちゃたから」
 背中に風葉医療科学大学と書かれたユニフォームを着た背の高い男性が尋ねました。
 私達は頷いて、階段を上りました。
 案内されるまま行くと、試合を行うためのコートが見えだしました。
「アッキーや! ちょっと小柄で黒いユニフォームを着た子や。奥の中央のコートで練習してるっちゃ」
 真希が小声で叫びました。真希が指差した先には確かに言うとおりの男の子がいました。
 他の男子に比べて小柄で茶色がかった金髪が特徴です。

 あれが、真希をふった人。

 私は唇を軽くかみました。
 打つ羽根の速度が他の人より倍は速いです。
 細身で整ったスタイルで、顔も悪くありません。

 ですが、だからって真希を悲しませる権利があるのでしょうか?


 蒸し暑い体育館の中で、バドミントン部員が整列を始めました。
 互いの部長の挨拶と新入生の紹介。紹介といっても学部ごとに一礼する程度です。あいつは、医学部が呼ばれたときに一礼していました。
「アッキー医学部受かったんや! 勉強も頑張っとったからなぁ。ええなぁ」
 真希の幸せそうな溜め息。
 真希が行きたくても行けなかった大学にあの男は一人で行ったのです。その時の真希はどんな心情だったのでしょう。でも、今の真希を見ていると何も言えません。私は涙をこらえました。あいつを睨もうかと思いました。しかし、 真希の前ではそれはできません。
 胸は悔しさでいっぱいで。苦しくて。


 互いの部員達が握手をした後で、いよいよ試合開始です。最初は二対二での対戦でした。
 岾駆地大学の吉田が試合に呼ばれた瞬間に黄色い歓声が体育館中に響き渡りました。火山でも噴火したかのような騒音です。吉田が耳をふさいでいます。試合観戦はお静かに、とアナウンスされているのにひどいものです。それでも試合は開始されました。
 選手たちはコートを駆け回り、シャトルとよばれるバドミントンで用いられる羽根は四方八方に行きかいます。
 風葉医療科学大学のバドミントン部員も頑張っているのですが、かわいそうなほどに実力が及んでいません。
 ある程度打ち合いは続くのですが、最後は吉田のスマッシュが決まるのがお約束になっています。それも相手のコートの真ん中に叩き落すので風葉の人たちは抗議もできません。
 相手選手たちが吉田のペアを狙えば、吉田はペアより素早く動いて打ち返します。
どうしようもありません。
 勝負が決まった時には盛大な拍手が起こりました。
「アッキー!」
 真希が拍手に負けないくらいに叫ぶと、吉田が手を振りました。花がほころぶような笑顔です。
 私はわなわな震えながら、吉田が真希を見上げて声を発するのに耳を傾けました。
「来てくれてありがとう。今日はみんなお休みだと聞いていたけどよかったのか?」
「もちろんや! たしか飲み会もあるやろ。アッキーそれも出席な!」
「俺はパス。飲みは苦手だ」
 吉田が言うと、一斉にえ~という声が体育館にこだましました。

 みんな変です。

「アッキー裏切りもん!」
「裏切るもなにも俺は飲み会に出るなんて一言も……」
「アッキーは有名人なんやからディップサービスは必須や。それともうちのこと嫌いになったん?」
「真希ちゃん言っていることが無茶苦茶だ! 俺は飲みには出ないから、他の人達と楽しんでいてくれ」
 言って吉田は背中を向けました。
 私は思わず一階へ走り出しました。

 このまま帰すわけにはいきません!

「吉田さん、吉田明良さんですよね!?」
 私は息を切らしながら話しかけました。
 水分補給をしていた吉田は目を丸くして首を傾げました。
「君は?」
「私は鴨江翔子と申します。少し話があります」
「あまり時間がないから、手短にできるか?」
 私は頷いて震える手を抑えて言葉を発します。
「あなたは愼田高校出身の蟹枝真希のなんですか?」
「友達だ」
 あまりにも無神経な解答に、私は思わず吉田を睨みつけました。
 吉田は少し待っててと言って、試合に入りました。

 試合は彼の勝利で瞬く間に幕を閉じました。
「これで俺の試合はないから、少し時間は稼げる。一応聞くけど鴨江さんといったっけ、君は真希ちゃんからどんな話をきいたんだ?」
 私達は体育館の外に出て話すことになりました。
 吉田は先ほどの笑顔とはうってかわって真剣な面持ちです。
 私はゆっくりと呼吸を整えます。
「真希は、あなたを慕っています。ですがあなたは真希を傷つけています」
「傷つける……? 詳しく聞かせてくれ」
「あなたは真希のなんなのですか!? 真希の心をどうして踏みにじって……!」
 どうしよう。
 目からしょっぱいものが流れてきました。
 でもここで引いたら負けです。
「あなたは真希を弄んでいます! 付き合うつもりがないのに真希の心を傍において、あの子がどんな想いであなたに笑顔を向けるのかわからないのですか!?」
「わからなくはないかもしれない」
「なんですかその曖昧な態度は!」
 私の口調はどんどん荒くなっていきます。
 それにおされるように、吉田はうつむきかげんになっていきます。吉田はそれでもゆっくりと口を開きます。
「俺にも好きな人がいるんだ。だから真希ちゃんの辛さは少しは分かるかもしれないんだ。だけど俺は真希ちゃんではない。真希ちゃんの本当の気持ちなんてわからない」
「何を言っているのですか?」
「真希ちゃんとはよく話したけれど、しょせん他人だ。俺は彼女のすべてがわかるなんてごう慢なことは言えない」
「でも真希にはあなたしかいないんです! だからあなたに告白して・・・。あんなにいい子なのにふってしまうなんてどうしてできたのですか!? あなたには恋人でもいるんですか!?」
私が言うと、吉田は首を横に振りました。私の頭に血が上るのを感じます。
「じゃあ何故!?」
「聞くけど、別の女の人を想っている男と付き合って幸せだと思うか?」
 私は次の言葉が出ませんでした。
 珍しく、吉田がきつい口調になっています。先ほどのあどけない瞳と違い身も氷るような目つきです。私の血の熱が奪われていくようです。吉田のまわりの空気が違います。    風が凍て付いています。
 吉田の口元が動きます。
「そもそも付き合ってもないから別れることもなかったけど。告白してもそうとはわかってもらえなかった。俺はあの人にとってただの幼なじみだ。それでも笑顔であの人の友達でいた。あの人の幸せを願った。だから、幼なじみのままでいいんだ」
「どんな人が好きだったのですか?」
 私はやっとのことで言葉を発しました。
 吉田は周りに人がいない事を確認して、穏やかな瞳を取り戻しました。
「俺にとって最高の人だった。思い出すだけで幸せで、嬉しくて、悔しくて苦しくなる。どうしても忘れられない。だけどあの人は別の男を好いている。俺の全力をあらゆる意味で破った男だった。だから仕方ないんだ」
「あらゆる意味……?」
「あの人を本当に幸せにする人だった。それに両想いだった。俺にはどうしようもない」
「ならきっぱりと諦めて真希と付き合ってください。あなたには別の女の子を幸せにする力があるのです!」
 私は吉田の呪縛から解かれて、叫びました。
 吉田は首を横に振りました。
「俺はあの人から男として意識されることはない。だが俺にとってやはり最高の人はあの人しかいないんだ。もしかしたらなんかの不幸であの人は好きな人と別れるかもしれない。そんな時に俺は真希ちゃんと付き合っているから助けられないなんて言えない」
「ひどい……じゃあ真希は……!」
「本当の友達だ。だけどそこまでだ。友達だから嘘はつけない。だから真希ちゃんにも同じことを話した。あの子は理解してくれた」
 吉田の瞳が哀しいほど澄んでいて。でも言っていることはどろどろしていて。私の心は混沌として。再び涙がこみあげます。
 吉田は口の端を軽く上げました。
「あの子には、別の男を捜すように言ってほしい。俺のような男と付き合うことはないと。どうしても納得してくれなかったら、俺がそれを望んでいるとでも言ってくれ」
「……それはあなたが好きな人と同じ想いだと思いますよ、吉田さん」
 私が言うと吉田は声をあげて笑いました。
 その笑い声はあまりにあどけなくて。
 幸せそうで。
 哀しくて。
「あの人はそんな事に頭は回らない。長い付き合いだからわかるんだ。でもありがとう。真希ちゃんの事を考えてくれて。地元の大学に受からなくてだいぶ落ち込んでいたけど、どうやらいい大学に入ったようだ」
 私は首を横に振りました。
「本当はこの大学に入りたかったのではありません。でも真希はグチなんて言わなくて。本当はきっと何度も大学を受けなおしたかったと思います。あの子はあなたと同じお医者様になりたかったのです」
 私は胸の圧迫に負けないように、声を枯らして言いました。
 吉田は頷きながらも時々首を傾げています。
「そういえば君の話を聞いた事がある。授業中よく寝てると」
 吉田の唐突な発言に私は言葉を失いました。
 吉田は話を続けます。
「そして先生には反抗的で本当に大学生活を楽しんでいるのかと疑問であると。しかし、大切な友達だと」
 そっけない言いぶり。
 吉田の笑顔は切なくて。
「そして僕の事はよく睨んで。」
 唐突に冬山先生が割って入りました。

 小鳥は何事もなかったかのようにエサを探しています。
 太陽も変わらず辺りを照らします。
 なんのへんてつもない事態ですが、私達はしばらく呆然としました。
「二人ともどうしたの?」
 冬山先生だけが時を刻んでいるようです。
 私は言葉が出ません。
 吉田は目を丸くしましたが、すぐにこんにちはと言って一礼しました。
 すると冬山先生がカッと目を見開きました。
「こんにちは。いけないねえ吉田君、女の子を泣かせるなんて。君は罪な男だ。しかも蟹枝までふったって?」
「なんの話ですか?」
「とぼけたって無駄だよ。僕は体育館の中にいながら君達の声は聞き分けていたんだ」
 冬山先生、あの騒音の中をですか!?
 信じられないほどの地獄耳です。
「いいかい男は正々堂々潔く! でなければ本当に好きな人に振り向いてもらえなくなっちゃうよ!」
「……はい」
 冬山先生の説教をおとなしく聞いている吉田。
 私は呆れながら体育館の中へ戻ろうとしました。

 しかし……。

 体育館の入り口に真希がいました。
 真希の顔は真っ赤です。
「真希、なんでここに?」
「それはこっちのセリフや! 翔子さん突然走り出して。あのことはもういいと言ったやんけ!」
「あのことって、もしかして私達の会話盗み聞いてたの!?」
 私が言うと、真希は目線をそらしました。
 でも口は動いています。
「たったまたまここにいただけやん。うちもそろそろ風にあたろうかなぁと思うたら、なんとアッキーと翔子さんが二人で会話。友達としてしゃしゃりでるのはダメやと思った」
「ややややっぱり盗み聞いてた!」
「ちゃう! うちは何も聞いてない!」
「吉田ー! こんなところで女の子と何してた!」
 突然、背中に岾駆地と書かれたユニフォームを着た男が怒鳴りました。
 小鳥が一目散に飛び去りました。
 吉田は首を横に振りますが、私の涙の跡を指摘されると言葉につまっています。
 私が事情を説明したら納得して大笑いしていましたが、吉田は顔を赤らめています。
「俺が好きな人がいるという話まで言わなくてよかっただろう!」
「青春だながっはっは! 吉田、今日の飲み会は出ろ。先輩命令だ!」
「やめてください、先輩に飲まされるのはもうたくさんです!」
 冬山先生を皮切りにみんなで大笑いしました。

 とりあえずみんなで体育館に戻りました。閉会式が始まっていました。互いの代表が相手選手を褒め称え、部員はみんな笑顔で握手しています。冬山先生はじんわりと頷きました。
「青春だ。」
 冬山先生の呟きを聞いて真希は微笑んで頷きました。そして私に話しかけます。
「翔子さん、バドミントンもええやろ?」
「サッカーだってあれくらいの友情は芽生えるよ」
「それもそーやな」
 言って二人で笑いました。

 飲み会に出ないとだだをこねた吉田は、飲み会が終わるまで風葉医療科学大学の人と試合を組むと言いました。真っ先に名乗り出たのはなんと冬山先生でした。結果はもちろん冬山先生のボロ負け。しかし一生懸命戦った冬山先生に対して盛大な拍手が起こりました。
「私は試合でなくサインがほしいです!」
 そんな女の子がいれば、吉田はきれいな字で応じました。
 たぶんやけくそでしょう。
「好きな人は誰?」
「バドミントンを始めたきっかけは?」
「蟹枝さんと私とどっちが好きですか?」
 質問攻めにされていました。
 そのたびに顔を赤らめて逃げ出すので、みんなで追いかけます。
「吉田君、ここに君が好きな女の子がいるんだ。きちんと答えてあげなさい!」
 冬山先生がつかまえると、吉田は観念してみんなの方へ向き直りました。
「みんな帰れ!」
 吉田の叫びにみんなできょとん顔になりました。
 その隙に逃げ出していました。
「こらーにげるなー! やるならもっと面白いジョークにしなさい!」
 冬山先生がむきになって追いかけます。もうみんなへとへとです。

 私は真希につれられてわけも分からず走っていました。
「アッキーファイト!」
「冬山先生なんとしても誰が好きか聞き出してください!」
 様々な声が飛び交いました。
 マラソン好きVS現役バドミントン部
 どちらの体力が先に尽きるか手に汗握ります。

 しかし……。

「みなさんいい加減にしなさい!」
 稲妻のごとき怒号が走りました。
 辺りは静まり返り、風のささやきが聞こえるかのようです。
 背筋に冷たいものが走ります。
 振り向けば水無瀬先生がいました。
「こんな遅い時間に体育館が開いているから何事かと思えば、みなさん何をしているのですか。冬山先生がいながら!」
 怒鳴られて冬山先生は水無瀬先生の前まで走ってきました。
「冬山栄ここに帰還します!」
「どこに帰還したつもりですか? ともかくみんなを家に帰しなさい」
「すみません、もとはといえば俺のわがままから始まったことです」
 二人の先生の間に吉田が割って入りました。水無瀬先生はいかつい表情から急に微笑みを浮かべだしました。かえって怖いです。
「岾駆地大学の方ですね。この度は大変ご迷惑おかけしました」
「とんでもありません!」
「お名前をうかがってもいいですか?」
「吉田明良と申します。お世話になりました」
 吉田は一礼しました。水無瀬先生は笑顔で頷きました。
「体力と余力があれば一試合お願いしていました。ですが今日はもう遅くなりました。先輩たちと共に、気をつけて帰ってください」
「はい。みなさんありがとうございました。失礼します」
「少しお待ちください。私にもサインをください」
 沈黙が体育館内を支配しました。
 みんなで互いの顔を見合わせます。
 私は自分の耳を疑いました。
 風の音よりもしっかりと聞こえた水無瀬先生の言葉。
 水無瀬先生今なんと?
「不服ですか?」
 水無瀬先生が再び口を開くと吉田は首を横に振り、水無瀬先生が取り出した色紙とペンでサインをしました。
「ありがとう。母がひどくあなたのことを気に入ってサインまでほしいと言った始末です。バドミントンもいいですが、立派なお医者様になれるように頑張ってくださいね」
「はい! 精一杯努力いたします」
「それから私があなたにサインを求めたことは内緒にしてください。一応私はこわもての教授として知られているので」
「わかりました。今日は本当にありがとうございました。またここに来れる日を楽しみにしております!」
言って吉田は一礼して体育館の外に出ました。日は沈み夜の虫の歌声が響いていました。
 紺色の空に光がちりばめられ、はるかかなたに浮かんでいました。時刻は八時を回っていました。

 みんなで正門までついていくと岾駆地大学の人達が待っていました。お礼のあいさつはけたたましいです。みんな声がでかいです。
 真希と吉田が何か話しています。そして互いに別れをつげました。
「冬山先生、彼らは何を話していたのですか?」
 私が尋ねると冬山先生は涙ぐみました。
 岾駆地大学の人達が去った後で冬山先生が口を開きます。
「真希ちゃん好きな人はできた?
ううん、まだ。
そうか、俺を基準にすれば素敵な男性はいくらでもいると思うけど。
そんなことないっちゃ!
嬉しいけど哀しいな。
なんでや?
夢をみさせてほしいんだ、君が幸せになれそうだと。
うちは十分幸せや!
でももっと幸せになる権利があるから頑張れよ。
それはこっちのセリフや!」
 時々身振りてぶりを交えて冬山先生はそこまで一気にしゃべると、一呼吸おいて再び口を開きました。
「二人でそこまで話したら二人とも黙っちゃったんだ。僕はそれが切なくて。でも吉田が笑顔でさようならと言うんだ。蟹枝も同じ言葉をいって二人は別れた。僕はそれが永遠の別れに思えて苦しい!」
「もう冬山先生やめてください!」
 真希の顔は真っ赤です。
 冬山先生は何を悟ったかゆっくり頷きました。
「さあみんな帰ろう! 明日も学校はしごくからね」
 冬山先生の言葉にみんなで苦情を呈しましたが、冬山先生はケラケラ笑いました。

 夜もとっぷり暮れたところで下宿に到着しました。
 私は決心しました。

 明日こそはサッカー部に行ってはっきりさせよう!

 私はそんな想いを胸に夢を見るのでした。
   
            end

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サクラサクの供養

電撃LL応募作品、見事に落選いたしましたorzせめて、ここに載せて供養してやります。
以下本文です



 今日はオレンジを盗んだ。
 突き刺すような日差しに肌を焦がしながら、渇いた熱風の中を駆け抜ける。
 砂漠に囲まれたこの町は作物に恵まれず、食べ物なんかは俺が買える値段じゃない。後ろから怒鳴り声が聞こえるが、俺の空腹が足を止めるなと叫んでいた。
 裏道に逃げ込む。日干しレンガでできた家並みは逃げる側に有利に働く。息が弾むのをこらえながら、俺は時が経つのをじっと待った。
 
 やがて追っ手の気配はなくなった。諦めて帰ったのだろう。
 平和になったものだ。昔なら、殺すまで追い回された。
 大国が攻め込んできて、この町は少しだけ変わった。なんだか実験段階のワクチンを打たれたものにだけ、安定した生活が与えられるとか。
 ほんのりと甘い香りのするワクチンで、打てば安らかな気分になれるという話だ。サクラワクチンという名前らしい。
 テロリストは強制的に注射されるという噂がある。そのためか、町での自爆テロは確実に減っていた。
 酸っぱいオレンジを口にする。舌は受け付けなかったが、のどの渇きと空腹を癒すために無理やり押し込んだ。
 日差しは傾いているが、肌を痛めつける。しかも、もうすぐ凍てつく夜がやってくる。適当な空き家や毛布を探さないと凍え死ぬだろう。

 ふと、俺の頬を何か小さな物がかすめた。淡紅色の花びらだった。花びらがやってきた方向へしばらく歩いてみる。
 
 そして俺は信じられない光景を目にした。
 
 この砂漠の地で力強く、なおかつ美しくそびえ立つ木があった。
 花弁が舞う風の中で、しなやかな枝がゆっくりと揺れる。妖艶な魔力なのか、その純粋な美しさのためなのか。
 俺は豊富な花々を抱いた木のもとへ招かれていた。突き刺すような日差しも、優しい光となっていた。
 
 ふいに足音が聞こえだす。
 振り向けば女が立っていた。
「この木はね、サクラというの。遠い異国の地では象徴的な存在なのよ」
 白衣に身を包んだ女が微笑んでいる。彼女は、光の洗礼を受けているかのように輝いていた。
「サクラはね、人々の心を癒すの。きっと憎しみの連鎖を断ち切ってくれるわ。悲しい命の奪い合いを終わらせるの」
 女はいとおしむように、そっと幹に触れた。つられて俺も触ってみる。
 力強い鼓動を感じる。

 タ……スケテ……。

 誰かの声が聞こえた気がした。とても微かな声だ。女の声ではない。気のせいか……?

「見つけたぞ、悪魔の手先め。よくも俺の弟を……!」
 さっきの声とは違う男の声が聞こえた。ぎらぎらと瞳を光らせている。
 見覚えはあった。昔俺が殺した男とそっくりだ。
「人違いです……」
 苦しい言い逃れを試みる。しかし、男の殺気は膨らむばかりだ。
「侵略軍の女といっしょにいるだけで、万死に値する!」
 この女は侵略軍の一味だったのか。
 考える間に、男がナイフで切りつけてくる!
 
 続いて起こったことを俺は理解できなかった。
「うわああああ!」
 男は悲鳴をあげる。彼の右の拳から枝が生えてきたのだ。あらん限りの声をあげて、必死で枝を振り払おうとしている。しかし、枝は次々と生えてきて、やがて大きな幹となって男を包んだ。
「実験サンプル21、ウィルスの効果が発現」
 女は淡々と告げた。
「過剰なストレスは処理しきれないほどの活性酸素を生むの。その活性酸素をサクラワクチンは栄養にして、きれいなサクラを咲かせるのよ」
 彼女の笑顔は咲き誇る花のようにきれいだった。
「活性酸素を吸い尽くしたサクラはやがて枯れて、ストレスのなくなった人間が、幹を破って出てくるはずなんだけど……それには何年もかかりそうね」
 ああ、そうか。
 サクラから強い鼓動を感じたのも、声が聞こえたのも気のせいじゃなかったんだ。

 ―― 悲しい命の奪い合いを終わらせるの。
  
 女の言葉が脳裏に蘇る。
 サクラワクチンを打てば世界に平和が訪れる……か。
 しかし、肉親を無残に殺された恨みや悲しみが消えることは決してない。だから、彼らはずっとサクラに包まれたままだろう。
 サクラを見つめる俺の顔に、苦い笑いが浮かぶのが感じられた。
「あなたにもワクチンを打ちましょう。二度と人を殺せないように」
 周囲に人の気配が生まれた。俺は取り囲まれていた。
 女は微笑んでいる。
 永遠に咲き続ける定めのサクラの傍らで――
                 end 
 


 

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